当教室の沿革

療病院時代 オランダ人 C.G.Mansvelt(1876-7年)
ドイツ人 Heinrich Botho Scheube(1877-81年) 生理学を講述
1882年 栗生光謙(物理学を兼ね講義)
1891年~1894年 宮入慶之助(生理学、衛生学の教師として着任)
1894年~1897年 富永兼棠(生理学衛生学を講じる)
1901年~1911年 永井徳寿(生理学専任講師)
1910年~1915年 佐武安太郎(医学専門学校1903年より)教諭に任じられる
1915年~1947年 越智真逸教授(1923年本学が大学に昇格と共に教授となる)
1947年~1970年 吉村寿人(主任教授)
1952年 学制改革により新制大学となり大学院併置
生理学教室は2講座となる
1970年 亘弘 教授着任
1973年 亘弘 学生部長に任ぜられる
1978年 森本武利 教授に任ぜられる
1981年 森本武利 学生部長に任ぜられる
1996年 基礎医学舎6階へ移転
1999年 森本武利教授停年退職
2000年 丸中良典 教授着任
2003年 丸中良典 学生部長に任ぜられる
2003年 第一生理学教室と第二生理学教室が共に大講座である生理学教室の一員となる。
旧第一生理学教室は生理学教室生理機能制御学部門となる。
2003年 大学院重点化が行われ、生理機能制御学として発足
2007年 大学院名称を細胞生理学に変更
2007年 丸中良典 医学教育研究センター長に就任
2015年 丸中良典 附属図書館長に任ぜられる。
2015年 丸中良典 総合情報センター長に任ぜられる。
2015年 丸中良典 日本生理学会 次期理事長に選出される。任期は2016年より4年間。
2016年 丸中良典 日本生理学会 理事長に就任 任期は2020年までの4年間。